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第46話 試金石2

last update Last Updated: 2025-06-06 19:21:08

(軽率だったかも……)

 後悔してももう遅い。軍団長は可能性を口にしてしまった。

 彼を見ると、笑みを浮かべていた。いつもの穏やかな笑顔ではない、どこか不敵に見える笑み。

 軍団長は勝ち目のあるケンカだと思っているようだ。

 そりゃあ確かに彼の生家は有力貴族で、元老院議員を何人も輩出していると聞いたけれど。

 本当に大丈夫だろうか? 

「フェリシア。どうした?」

 私のすぐ横にベネディクトがいる。彼は出撃後は最前線に出る予定だけど、今はまだここにいてくれる。

「聖女の話なら気にしなくていい。『皇太子』と『きみの妹が聖女を名乗った』件は承知している。皇帝陛下が聖女伝説を信じておらず、それらを軽視しているのも」

「!」

 婚約破棄と帝都追放は、皇太子の独断だったと思う。

 皇帝がどう考えているか不明だったけど、聖女そのものを信じていないのか。

 それならば皇帝は妹を特別に買っているわけではなく、関心が薄い……ぶっちゃけどうでもいいのだろう。

 皇帝が必要としているのは『光の魔力がある』と神殿に認定された女性。

 聖女を信じていないなら、表向きに認定があれば真贋は問わないのだと思う。

 であれば私がちゃんと光の魔力を証明すれば、泥をかぶるのは皇太子だけで皇帝は見直してくれるかもしれない?

 皇帝の責任もゼロではないが、挽回の余地はありそうだ。

 軍団長が再び声を上げる。

「今回の戦いは、フェリシア嬢の力の試金石となるだろう。お前たちは聖女を守る名誉が与えられた。必ず遂行し、魔物を殲滅させよ!」

「おおーっ!」

「フェリシアちゃんは絶対に守る!」

 兵士たちから熱量の高い叫び声が上がる。

 要塞の門が開かれ、ゼナファ軍団は魔物のいる場所へと出撃していった。

 私はクィンタに抱えられるようにして、馬に乗っている。

 この古代文明では鐙《あぶみ》というものがなく、
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